【書評】【読書レビュー】ハンニバル・ライジング「少年時代のハンニバルを遡行する数奇な運命の物語」

ハンニバル・ライジング 上巻 (新潮文庫)
トマス ハリス
新潮社
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ハンニバル・ライジング 下巻 (新潮文庫)
トマス ハリス
新潮社
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ハンニバル・ライジングを購入し読了したので感想を上げる。


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上巻読書中

レディ・紫の出身が広島だったり、千代のいとこが佐々木 禎子であるという設定はナチスによる侵略戦争の招いた被害者の一人であるハンニバルと通底する意味において、意図的なものだろうと感じた。

レッド・ドラゴンから羊たち、ハンニバルに至るまでレクター博士の物語を読んできた者にとっては、これは確かに必然の途ではあるかもしれないが、小説としては些か読まされている感があり、羊たちのときのような純粋に物語への興味自体は湧かなかった。

有り体に言えば、やや退屈な話ではある。
ただ、ハリスの中の興味がレクター博士に大きく傾いた「ハンニバル」でも見られたように、彼の悪意に満ちた観察眼による『ハリス節』ともいえる文体は、このライジングでも健在であることは感じた。

「全ての人間の内なる声は悪に満ちている」。

レクターを描きながらも実はハリスが見せているのはその悪意に満ちた世界なのだ。 それをハリスは否応なく読む者に感じさせるのである。
レクター博士の過去に向かった物語のベクトルは残念に思うが、筆者がこのシリーズを読み続けているのは彼の描くその世界が好きだからなのだろう。

ベクトルというのは、中心より少し外れた場所にある強烈な黒点として、狂言回しとしてのレクターが、中心に位置したときに羊たちやレッド・ドラゴンと同じ面白さが物語に存在し得るのかどうか、ということなのだが、筆者は未だにそれには否定的な向きである。

レクターはやはり挿話で伝えられる畏怖すべき怪物であり、如何な「記憶の宮殿」なるオブジェを持ち出したところで、彼の内面を覗くことはハリスにも誰にも出来ないと思えるからだ。

上巻読了後

ハンニバル少年の数奇な運命を辿る物語という感じ。
厚さはさほどなく、どちらかというと薄い。
上巻終盤~下巻の頭の辺りはやや退屈だった。
トマス・ハリスでなければ星5つだが、ハリスの力量からすれば星3つといったところ。
後半に血の粛清の雨が降りまくる事を期待。

下巻読書中

紫夫人が和歌を引用したり、とハリスは日本文化を結構研究しているなと感じた。
ただ、原爆という絡みも確かにあるのだろうが、何故日本人を重要人物として登場させたのかが分からない。
レクターシリーズにとっては後付けの設定であるため、レクター博士の過去の作品に紫夫人が登場してこないのはちょっと痛いと感じる。
エピソード・Ⅰとしての齟齬というか、そんな印象。

レクターがカニバリストになったのも、理由付けがない。
妹が軍人崩れのならず者に食われて、それがトラウマになったからか、生まれもってそうだったのか、相手憎し故なのかが明確に語られない。

レクターが始めて食人したのはドートリッヒだと思うが、そのあたりの心理描写は全くない。

下巻読了後

下巻はこれまで投下された燃料が一気に噴出す感じのストーリーテリングで、頁をめくるのがもどかしいほど軽快に読み進んだ。
ただ、紫夫人のセクションは多少退屈ではあったけど。
メモに書いていたようなことは、もう解説で訳者の高見さんが言ってる通りですね。
怪物は怪物のままにしておくべきではなかったか、についても、人肉嗜好は彼本来のものだったかもしれないが、最後まで明かされていない。

ただ、レクターは人間とは別の生き物になっている、とハリスの語り口で述べられている。

ここに記されたのは、怪物の創生というより、レクターという稀代の人物の特異な青春を切り取った一遍と受け止めたほうがいいようだと。
ただ最後にグルータスが明かした”真実”には、至ってなかったので、さすがに衝撃を受けた。

常人なら耐えられないだろうそれは、レクターにも計り知れない影を落としていくには違いないのだ。
かくして、物語は『レッド・ドラゴン』での仇敵グレアムとの対決、更に『羊たちの沈黙』における奇怪なバッファロウ・ビルが媒介となるクラリスとの出遭い、彼女を永遠のものにする『ハンニバル』へと結実していくことになる。
そこには確かに紫夫人の面影とミーシャへの思慕が重ねられているのだと思う、というのは、些か穿ち過ぎだろうか。

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