ストック型のブログに対してフロー型となる書き手の意識の難しさ

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ブログを書く上で難しいのは、ブログがストック型に向いているのに対して、書き手の側としてはフロー型となる点にあるのではないかと思う。


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平たく言うと、書き手側の心情は今を投影。旬な記事や今の自分を投影したものが脳の情報やメンタルの多くを占めているので、内容も『今』について近いほど、濃いほど書きやすい。

一方、ブログへのアクセスは検索がほとんど全てを占めている。
読者になってリアルタイムで更新をチェックしていて、更新されたら直ぐに見に行くというのは自分を除いてほとんどいないはずだ。
勿論大手になればアクセス数も桁違いになるので見る側も多様化するし、別の話になるが、月間アクセス数が10万前後の規模のこのブログならばリアルタイムでチェックしている人はまずいないはずだ。そして90数%のアクセスはGoogle、Yahoo!などの検索からとなる。
すると検索から来る人は目的の記事に対して『今性』を求めていない、というかそれが邪魔にすら思えるのに対して、書き手からすると『今』に記事が近いほど書きやすいという乖離が生まれてしまう。

  • 書き手側
    心情的、話題的に自分や時代性が『今』に近いほど書きやすい。
    ブログとしてはストックというよりフロー型コンテンツになってしまい、昔の記事になるほど『今』と乖離してくるので情報としては古いものになる。
  • 読み手側
    検索対象に最適化されているほど見やすい。
    求めている情報が得られるかどうかが重要。
    その時の『今性』は求めていない。むしろノイズになるかもしれない。
    但しニュース性が強いものなどリアルタイムな記事を求めているなら『今性』が必要になる。
    基本的にはコンテンツがストック型であるほど読者に対して最適化出来る。

例えば筆者はこのブログでは全く触れていないが、ベッキーの不倫報道やSMAPの独立解散の話題は、情報も勝手に耳に入ってくるし気になるのでブログの記事には書きやすい。しかしこれを書いて1年後、3年後、数年後に見た時にどうなるか?その時に見ても全く意味がない。これはフローの記事になるのでブログとしてストックしておく意味がなくなるからだ。検索流入としてSMAPをキーワードでこのブログに辿り着いた人がいたとしても、ゲームやWEBサービスやブログの記事が中心のこのブログに芸能のネタはほとんど全くといっていいほど情報を得られない。記事と読者の乖離から双方が残念結果になるだけだ。だから書けない。

年始や年末の挨拶とかも同じ。はてなブログでも多くのブログで「今年も今日で終わりになりました」「年が明けました。今年も宜しくお願いします」とか書いている記事があったが、見る側からすると年末年始の挨拶を記事でされても全く意味はない。書き手の気持ち的な部分はあると理解は出来るから否定はしないけどコンテンツのストックとしての意味は全くないということを認識してやるべきだろう。

なお、去年、芸能記事を中心に下世話な話題でも毎日記事にし続けたのは、キュレーション的に記事をストックしていったらどうなるかという実験をしていたからだ。

ブログというのは斯様に、書き手側と読み手側のこのような意識の方向の違いを常に抱えたまま、運用することを求められている。

反対にフロー型のメディアというのは、Twitterが直ぐに思い浮かぶ。気になったことを短文で投稿。記事はストックを前提にされておらず、書き捨てとでも言うべきか、文章や画像、動画等のメディア情報をとにかくばんばん投稿していくことがメインの使い方となる。記事を後から検索して有用なものに、ということは考えられていない。『今』を反映することが最も最適化された使い方になる。

筆者自身はTwitterはブログの拡宣の一要素として捉えているので、やはりブログがメインなのだが、ブログを書く時にフロー型で書くのが最も書きやすいということに相変わらず苦しんでいる。

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